なんちゃって音楽研究所

80年代音楽を中心になんちゃって考察をするブログ

私の松田聖子論 各論「North wind」2

 

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引用:集英社「明星2月号(1981)youngsong」より


こんにちはRamoonです。

前回の反省としまして、同じような話ばかりだと飽きちゃうので、たまに休憩を挟まないといけませんね。

 

適度に休憩入れることにします。

 

とりあえず今日は2コマ目、「花時計咲いた」です。

 

2 North wind

 ②花時計咲いた

 作詞:三浦徳子 作曲:小田裕一郎 編曲:信田かずお

 

静かなイントロダクションで始まる曲。幅広い層に理解を得られそうな優等生のような曲です。1stアルバムに比べてどうも守りに入ったような気がするんですけど。そこが残念。

 

とても忙しい中でレコーディングしたんだろうな、というのが伝わります。もともと高音部分に比べ、まだまだ低音部分に不安定さがあるんですがそのあたりに影響してるように感じます。

 

歌詞ですが、「丘の上の花時計が咲きました。そして散りました。私の愛も散りました。」ってことだけなんですよね。うーん。こういう曲は情景やシチュエーションが具体的に伝わらないとよくわからないですよね。例えば、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」とかイルカさんの「なごり雪」のように情景が浮かぶようじゃないとぼんやりした感じになります。でも、アルバムの中でこういった内省的な曲をポンと入れてたりしますものね。そういった狙いなのでしょう。

 

曲のメロディーなどは優等生の曲だけに、ほぼ優等生メロディーで「心のことばは 何にもどこにも無い」のところだけパームボールを投げてどこのコースにいくかわからない変化をかけてる感じかな。そこだけ耳がいきます。

 

この曲もタイトルからしてぼんやりした曲ですね。心が奪われません。聖子さんの良さを引き出せてないような気がします。ただ、アルバムはバランスですからあえてこういう曲を入れてるのでしょう。

 

そうそう、花時計って最近見たことあります?あるんですかね?忘れてましたよ。昔、私の町にはあったような。なぜ今は見ないんでしょう?手間がかかるからなのかな?

 

なつかしいなあ。花時計かあ。そういう意味では貴重な言葉を残してくれてる曲ですね。ありがたいことです。

 

そうだなー。知らぬ間に消えてしまっているもの、たくさんあるなあ。よく思うのは、土の道。ほとんどアスファルトでしょ。電車から町を見下ろしててもほぼ土の道なんてない。小さな小道までアスファルトだ。雨の日にぬかるみにならないからいいんだけどね。

 

私の子供のころは土の道に穴を掘ってビー玉でよく遊んだな。靴を洗うタワシをバトンにしてリレーとか(笑)

物は無かったけど幸せだったな。

 

お、曲とは関係ないところへ話がそれちゃいましたね。

 

今日はこのへんで失礼いたします。

 

では、また

 

See you